実績

ホーチミン最大の日系大手IT企業をわずか3年で育成

写真:藤田 伸一

元 デジパベトナム代表
現 株式会社旅キャピタル CTO
藤田 伸一

1971年生まれ。
早稲田大学卒業後、AOLジャパンなどを経てデジパベトナム代表就任。バイタリフィアジアにバイアウト後、現地法人代表就任。わずか3年でベトナム人スタッフ170名を越える規模に成長させた。 現在は、株式会社旅キャピタルCTO。

デジパベトナム立ち上げで大変だったことは何ですか?

ベトナム人スタッフはビジネスパーソンとしての成熟度が低いので、そのボトムアップに苦労しました。
例えば、スタッフが打ち合わせにノートを持参してこないので、「打ち合わせではノートを持参しメモを取る」というレベルの教育からやらなくてはいけなくて。会社のノート作り、会社のボールペン作り、当時はそこからでしたね。

デジパベトナムのバイアウトが成功したポイントは何だと思いますか?

「いつでも売れる」会社にすることを意識して組織づくりをしたことだと思います。
もちろん立ち上げ時にはバイアウトのオプションは全く無く、結果的にその形をとることになったわけですが。

オフィスの内装やデジパベトナムオフィシャルサイト、副社長の人選、一流の通訳者の起用などが大きかったと思っています。単純に金額のことだけ見ると、スタートアップ時に本当にそれが必要かというのは難しい問題です。コストがかかりますし、一流スタッフの年収は高いですから。でも、それは長期的に組織の礎となる部分ですから、こだわったところでした。

バイタリフィアジアをホーチミン最大の日系大手IT企業に育てたポイントは何ですか?

徹底的に「ビジョン経営」を貫いたことと、それがベトナム人スタッフに響いたことです。
「ベトナムでナンバーワンになる」「100人を超える企業になる」「アジアでナンバーワンになる」ということを掲げ続けました。これは、できそうでなかなかできないことだと思っています。まずは自分が本当にそう信じて行動していく必要がありますから。
ベトナム人スタッフはバイタリティも情熱もスキルもあるんですが、方向性が見えていないという状況がありました。言葉が完璧には通じなくても、彼らにビジョンを訴え続ける方法はたくさんあります。オリジナルTシャツやオリジナルマグカップをスタッフ全員で共有したりすることも本当に大切なことだったと思っています。
我々日本人が想像するよりも明らかに、彼らには物質的豊かさよりビジョンの方が響いていたという手応えがあります。

藤田さんにとってデジパとは?

デジパって会社らしくない組織ですよ。
10周年記念パーティーの時に思ったんですが、ひと時でもデジパにいた人は全員「デジパの人」になるんですよね。これはリクルートの社風に近いと思います。OBも含め、家族ほど近くなく、冠婚葬祭くらいにしか会わない親族同志のような、でもたまに会うと「おっきくなったねえ、元気にしてる?」と近況報告をしあうような関係ですよね。

デジパベトナム立ち上げの頃時を同じくして働いた岡崎さんや兒嶋くんもその後ご活躍ですが、現在もなおシナジーが生まれています。一ツ木くんとは在社時期が重なっていないんですが、同時期にシリコンバレーに進出していたこともあり、すぐシリコンバレーでの飲み仲間になったり。彼も私もデジパファミリーの一員ですから、雰囲気や価値観が近い感じがしたんですね。デジパのDNAが備わっていると言ってもいいと思います。

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